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日本人の腸内に生息するバクテリオファージの全貌と宿主・環境因子との関連を同定
~4,198人を対象とした大規模データ解析により腸内環境におけるダークマターに光~
2022年9月30日
早稲田大学
東京医科大学
国立国際医療研究センター
発表のポイント
- Japanese 4Dマイクロバイオームプロジェクト1に参加した4,198人を対象に糞便のショットガンメタゲノム解析2を行い、独自のパイプラインを用いて、4,000以上のバクテリオファージ(ファージ)のゲノム情報を同定しました。
- ヒトの腸内に豊富に存在しているにも関わらず、今まで知られていなかった「未知のファージグループ」を多数発見しました。
- 膨大な臨床情報との関連解析により、年齢、性別、食習慣、病気、薬剤摂取などの様々な因子が、腸内のファージコミュニティに影響を及ぼしていることを見出しました。
早稲田大学ナノ·ライフ創新研究機構の西嶋傑(にしじますぐる) 次席研究員(現:欧州分子生物学研究所)、理工学術院の木口悠也(きぐちゆうや) 博士課程学生(現: 東京大学)、服部正平(はっとりまさひら) 教授(現:東京大学名誉教授)、東京医科大学消化器内視鏡学分野の永田尚義(ながたなおよし) 准教授、河合隆(かわいたかし) 教授、国立国際医療研究センター消化器内科の小島康志(こじまやすし) 医長、糖尿病研究センターの植木浩二郎(うえきこうじろう) センター長、感染症制御研究部の秋山徹(あきやまとおる) 特任研究部長、上村直実(うえむらなおみ)国府台病院名誉院長らの研究グループは、Japanese 4D (Disease, Drug, Diet, Daily life) マイクロバイオームコホート1の大規模データを用いた解析から、腸内に生息する膨大な数のバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)を網羅的に同定し、新規ファージグループを発見し、全貌を解明しました。また、腸内ファージコミュニティーに影響を与える宿主・環境因子を多数発見しました。本研究成果は「Nature Communications (IF: 17.7)」に掲載されました(現地時間2022年9月6日(火)公開)。
今回の研究成果は、日本人を対象とした大規模ショットガンメタゲノムデータ2を用いてヒトの腸内に生息するファージコミュニティの全貌を明らかにしたものです。ヒトの腸内に生息するファージは腸内細菌叢3の形成や機能に大きな影響を与えていると考えられていますが、その多様性や生態系に関する知見は非常に限られており、ヒト腸内における「ダークマター」と呼ばれています。今回、4,198人の被験者を対象とした大規模解析を行うことで、ヒト腸内に生息するファージの全貌が明らかとなり、微生物生態系における細菌とファージの相互作用の理解、さらにはファージによる特定の腸内細菌制御に基づく病気の治療法開発につながることが期待されます。
(1) これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景)
ヒトの腸内には数百から千種ほどの細菌が生息しており、それら腸内細菌叢3はヒトの健康や疾患と密接に関わっています。一方、ヒト腸内にはそれらと同程度、またはそれ以上の数のウイルスが存在し、その大部分は細菌に感染するバクテリオファージ(ファージ)で占められています(その他にはヒトや真菌に感染するウイルス、食事由来のものが存在)。それらのファージは腸内において細菌に感染することで、腸内細菌叢3の形成の形成やその活動に強い影響を与えていると考えられています。しかし、ヒト腸内におけるファージの多様性やその生態系は未知の部分が多く、詳細が不明であるという意味を込め、ヒト腸内環境における「ダークマター(暗黒物質、正体不明であるという例え)」と呼ばれています。今回、我々はファージゲノムを網羅的に検出する新規解析手法を開発し、Japanese 4D (Disease, Drug, Diet, Daily life)マイクロバイオームプロジェクト1に登録されている日本人の大規模糞便メタゲノムデータに応用することで、ヒト腸内に生息するファージを網羅的に検出し、未知のグループを含むファージコミュニティの全体像を解明しました。
(2) 今回の研究で得られた結果及び知見
- 1,000種類以上のバクテリオファージのゲノム情報を取得
ヒトの腸内には細菌、古細菌、真菌、ファージ等から成る複雑な生態系が形成されており、そのコミュニティから得られたメタゲノムデータには、微量ながらファージ由来のゲノム情報も含まれています。そのファージゲノムを抽出するため、独自の情報解析パイプラインを構築し、Japanese 4Dプロジェクトにおいて4,198人の被験者から得られたメタゲノムデータへ応用しました。
図1:本研究から得られたファージゲノム
a: ファージゲノムのゲノムサイズとGC含量。各プロットが個々のファージを示し、その色は予測された宿主を示す。b: ファージゲノムとデータベースに存在する既知のファージゲノムの比較。c: 予測された宿主毎のファージゲノムの特徴。左側から得られたゲノムの数、ゲノムサイズの分布、ファージの分類、宿主域の広さ、生活様式を示す。vOTU: viral operational taxonomic unit(ウイルスの種に相当する分類)。
その結果、計1,347種のファージに由来すると推定された、4,709の高クオリティファージゲノムが得られました(図1a)。これらのファージはヒトの腸内に生息する様々な菌種に感染することが情報学的に予測されました(図1c)。また、計1,347種のファージの内、約半数(50.0%)は先行研究で明らかとなったファージゲノムと相同性を示した一方、残りの半数は相同性を示さず、本研究で初めて明らかとなった新規ファージであることが強く示唆されました(図1b)。 - 今まで未知であった新規ファージグループを多数発見
次に我々は得られたファージを定量することで、ヒトの腸内に豊富なファージグループを探索しました。その結果、ヒトの腸内で最も豊富なファージグループは2015年に発見されたcrAssphageグループ、2番目は2021年に報告されたばかりのGubaphage/Flandersviridaeを含むグループであることが判明しました。興味深いことに、我々はこれらのグループと同程度に豊富であり、かつ今までに知られていない未知のグループを多数特定することに成功しました(図2a)。特に、7つのグループはヒト腸内に極めて豊富であり、多数のゲノム配列が得られました(図2b)。これらのファージグループはヒトの腸内に豊富に存在するBacteroides、Ruminococcus、Bifidobacterium等に感染するファージであり、その内のいくつかは細菌のゲノムに入り込む(プロファージ)生活様式を持つことが情報学的に予測されました。我々は本研究の著者が所属する研究機関の所在地名に基づきこれらのファージを命名し、7つの新規ファージグループとして提案しました(図2b)1. Toyamaviridae(トヤマウイルス), 2. Konodaiviridae(コーノダイウイルス), 3. Shinjukuviridae(シンジュクウイルス), 4.Okuboviridae(オークボウイルス), 5. Tsurumiviridae(ツルミウイルス), 6. Suehiroviridae(スエヒロウイルス), 7. Umezonoviridae(ウメゾノウイルス))。
図2:ヒト腸内に豊富に存在するものの今まで知られていなかった新規ファージグループ
a:ヒト腸内におけるファージグループ(viral cluster, VC, ウイルスのファミリーまたはサブファミリーに相当)の存在量。y軸は存在量を示し、x軸は取得できたゲノムの数を示す。b: Large terminaseに基づく系統樹。赤線で囲まれた箇所が本研究で明らかとなった新規ファージグループを示す。 - 年齢や性別がファージコミュニティと関連することを発見
ヒトの腸内細菌叢3には生活習慣、食生活、疾患等の様々な因子が影響を与えることが知られていますが、どのような因子が腸内のファージコミュニティに影響を与えるかは、ほとんどわかっていません。そこで、我々はまずヒトの基本情報である年齢と性別との関連解析を行いました。その結果、両者がファージコミュニティと強い関連を示すことが明らかとなりました。年齢が上がるにつれ腸内ではProteobacteriaに感染するファージが増加する一方、Actinobacteriaに感染するファージが減少しました(図3a)。また、男性にはPrevotellaに感染するファージが豊富に存在する一方、女性にはFaecalibacteriumに感染するファージが豊富に存在しました(図3b)。これらのファージコミュニティの違いは腸内細菌叢の違いと一致しており、宿主細菌の分布がファージコミュニティを決定づける要因であることが強く示唆されました。
図3:年齢・性別と関わるファージを発見
年齢(a)と性別(b)とファージコミュニティの関連。x軸はファージの存在量との関連の強さを示し、y軸は統計解析から得られたP値を示す。 VC: viral cluster(ウイルスのファミリーまたはサブファミリーの分類に相当)、 vOTU: viral operational taxonomic unit(ウイルスの種レベルの分類に相当)。 - 食習慣、生活習慣、病気、薬剤使用がファージコミュニティに関連することを発見
さらに我々は、年齢、性別以外の食習慣、生活習慣、臨床情報も含め、計232因子との網羅的な関連解析を行いました。その結果、97の因子がファージコミュニティと統計的に有意な関連を示しました。特に疾患や摂取薬剤を含む臨床情報が、生活習慣や食生活よりも強くファージコミュニティと関連していることが明らかとなりました(図4a)。これらの因子の大部分は、以前に我々が報告した「腸内微生物叢に影響を与える因子」と一致していました(Nagata N, Nishijima S, et al, Gastroenterology. 2022. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35788347/ )(図4b)。同じ因子が細菌とファージのコミュニティの両方に強く関連するという結果は、両コミュニティがヒトの腸内において密接な関係を築いていることを強く示唆します。また、疾患や食習慣や生活習慣を収集しているマイクロバイオームデータベースは数多くありますが、薬剤の詳細を収集しているデータベースは極めて少ないのが現状です。我々の結果は、ヒトマイクロバイオーム研究における薬剤情報収集の重要性と、薬剤投与歴を考慮した解析の必要性を強調しています。
図4:様々な宿主因子とファージコミュニティとの関連
a: 宿主因子カテゴリーとコミュニティの関連の強さ。Y軸は各カテゴリーに含まれる複数の因子に説明されたコミュニティのばらつきの割合を示す。上部はファージコミュニティ(virome)の結果、下部は細菌コミュニティ(bacteriome)の結果を示す。b: 単一の因子によって説明されたコミュニティのばらつきの割合。
(3) 研究の波及効果や社会的影響
我々は日本人を対象とした大規模な腸内メタゲノムデータを用いて、新規のファージグループを含む、腸内ファージコミュニティの全貌を明らかにしました。本研究結果は、ヒト腸内における多様なファージとその宿主情報を含む網羅的なカタログ情報を提供し、今後腸内細菌とファージを研究する上での重要な基盤データとなります。とくに、ファージを用いた腸内細菌の制御、その制御技術に基づく病気の新規治療法や、予防法の開発につながることが期待されます。また、近年深刻な問題となっている薬剤耐性菌による感染症の治療法(ファージセラピー)の開発にも、本研究結果は応用されることが期待されます。
(4) 今後の課題
ファージの分離培養技術はまだ確立しておらず、我々が同定したファージ分離培養する技術を開発することが課題です。実験室で容易に扱えるようにすることで、それらの役割や機能を詳細に研究する事が可能となります。また、ファージセラピーは、薬剤耐性菌による感染症だけでなく、腸内細菌が関連する様々な病気の治療や予防に応用できる可能性があります。臨床現場でファージセラピーを使用するためには、今後、複数の臨床研究においてファージセラピーの有効性と有害事象の知見を蓄積させることが重要です。
(5) 研究者のコメント
西嶋: ヒトの腸内環境は我々にとって非常に身近にも関わらず、まだわかっていないことが多い生態系です。我々が使用したような大規模メタゲノムデータや臨床情報、さらには個々の腸内微生物を単離培養する技術等様々な技術を組み合わせて研究することで、複雑な腸内微生物叢を理解し、やがては我々の健康増進や疾患予防・治療に役立てられると考えています。
永田: 細菌を宿主とするバクテリオファージに関する日本人の知見はかなり乏しく、これまで500人を超える研究はありませんでした。今回、4,000人以上を解析対象としたこと、西嶋・服部らの卓越したバイオインフォマティクスの知識と技術があったことで、4,000以上のファージが同定できました。また、バイオインフォマティクスのプロと臨床現場で診療する医師がタッグを組んだことで、臨床的な目線も含めた解析ができたと考えています。どのようなファージが日本人に特徴的か?どのような環境因子や宿主因子がファージの変動に影響を及ぼすのか?どのような菌種にどのようなファージが感染するのか?などの新知見は、マイクロバイオームを研究する基礎研究者や臨床研究者にとって有用と考えています。
(6) 補足資料:図解·表等 添付
1.Japanese 4D(Disease, Drug, Diet, Daily life)マイクロバイオームプロジェクト:東京医科大学の永田尚義准教授らが中心に進めている進行中の大規模プロジェクト。日本人の腸内細菌叢、唾液細菌叢データを収集し、それらと疾患の関連解明、常在菌をターゲットとした新規バイオマーカーの開発、新たな疾患治療法の確立を目標とする。
( https://www.tokyo-med.ac.jp/news/2022/0720_140210003017.html )
腸内・唾液のショットガンメタゲノムデータに加え、多彩な疾患、薬剤情報、食習慣、生活習慣、身体測定因子、運動習慣などの生活習慣・臨床情報を収集している。海外にも大規模なマイクロバイオームデータベースはいくつか存在するが、腸内細菌叢に大きな影響を与えるにも関わらず、薬剤の情報収集は被験者自身が覚えていないことも多く、収集しきれていない場合が多い。我々のデータベースは、薬剤摂取や疾患等の臨床情報が正確にプロファイルされていることが特徴である。薬剤に関しては750種類以上の薬剤投与歴を網羅的に収集している。すでに、5,000例近くの糞便ショットガンメタゲノムシークエンス解析が終了し、腸内細菌1,700種(種レベル)以上、 腸内細菌の遺伝子機能10,000個以上、薬剤耐性遺伝子400個以上を同定している。また、日本人の腸内にはBacteroides、Bifidobacterium、Clostridiales、Blautia、Faecalibacteriumなどの菌種(属レベル)が多いことを大規模データから明らかにした。このような膨大な生活習慣・臨床情報とマイクロバイオーム情報を統合したデータは世界の中でも最も大規模なものの一つである。
2.ショットガンメタゲノム解析:サンプル中に存在するDNA配列を網羅的に決定する解析手法。サンプル中に存在する微生物の種類や存在量を、バイアスなくかつ網羅的に解析する強力な手法。
3.腸内細菌叢:ヒトの腸内には数百から千種ほどの腸内細菌が生息しており、それらの群集(コミュニティ)を腸内細菌叢と呼ぶ。この腸内細菌叢はヒトの健康や疾患と密接に関係している。
(7) 主な競争的研究資金
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 若手研究 18K14682(代表: 西嶋傑)、基盤研C JP17K09365(代表:永田尚義)、Takeda COCKPI-T Funding(代表:永田尚義)、武田科学振興財団研究助成(代表:永田尚義)、喫煙財団研究助成(代表:永田尚義)、ダノン学術研究助成(代表:永田尚義)、J-milk学術研究助成(代表:永田尚義)、上原記念生命科学財団研究助成(代表:永田尚義)、東京医大学長裁量経費(代表:永田尚義)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)研究JP22fk0410051(代表:永田尚義)基盤研C JP 20K08366(代表:河合隆)、国際医療研究開発費19A1011(代表:小島康志)、国際医療研究開発費28-2401(代表:永田尚義、上村直実)の支援を受け実施しました。
(8)論文情報
- 掲載誌名:Nature Communications
- 掲載誌 URL: https://www.nature.com/articles/s41467-022-32832-w
- DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-022-32832-w
- 論文タイトル:Extensive gut virome variation and its associations with host and environmental factors in a population-level cohort
- 著者:Suguru Nishijima*, Naoyoshi Nagata*, Yuya Kiguchi, Yasushi Kojima, Tohru Miyoshi-Akiyama, Moto Kimura, Mitsuru Ohsugi, Kohjiro Ueki, Shinichi Oka, Masashi Mizokami, Takao Itoi, Takashi Kawai, Naomi Uemura, & Masahira Hattori
西嶋傑*、 永田尚義*、 木口悠也、小島康志、秋山徹、木村基、大杉満、植木浩二郎、岡慎一、溝上雅史、糸井隆夫、河合隆、上村直実、服部正平
*筆頭著者、責任著者
本研究に関するお問い合わせ
- 欧州分子生物学研究所 西嶋傑
E-mail: nishijima.suguru@gmail.com - 東京医科大学 消化器内視鏡学分野 准教授 永田尚義
E-mail: n-nagata@tokyo-med.ac.jp
本リリースに関する問い合わせ先
- 学校法人早稲田大学 広報室広報課
TEL:03-3202-5454 E-mail: koho@list.waseda.jp - 学校法人東京医科大学 企画部 広報·社会連携推進室
TEL:03-3351-6141(大学代表)E-mail: d-koho@tokyo-med.ac.jp - 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター(NCGM)
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