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麻酔科医の働き方を変える「ロボット麻酔システム」を共同開発
~患者60人規模の臨床評価に着手~

2019年4月16日

国立大学法人 福井大学
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
日本光電工業株式会社

国立大学法人福井大学 医学部麻酔・蘇生学(責任医師:重見研司、松木悠佳 以下「福井大学」)は、国立研究開発法人 国立国際医療研究センター(責任医師:長田 理 以下「NCGM」)、および日本光電工業株式会社(責任者:荻野芳弘 以下「日本光電」)の共同研究チームにより、外科手術中などの全身麻酔の患者の状態をモニターしながら麻酔薬の投与を自動調節する日本初のシステム、「ロボット麻酔システム」の実用化に向けて、本年3月より患者60人規模の臨床評価に着手しました。2020年度末までに医師主導治験を完了し、製品化を目指します。
本研究・開発は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて行っています。

全身麻酔は、手術中、患者に痛みを感じさせないだけでなく、手術によって起こる自律神経や循環系、免疫、精神面などの反応から身体を守り、患者の負担を最小限にとどめるために行われます。意識レベルを下げる鎮静、痛みを抑える鎮痛、筋肉の収縮を止める筋弛緩の3種類の麻酔薬を同時に投与しますが、麻酔科医は心電図・血圧・血中酸素飽和度や催眠レベルの数値など多くのバイタルサインに加え、患者の全身の状態を観察しながら麻酔薬の投与量を調節し、最適な麻酔状態を維持しなければなりません。どの診療科の手術でも、手術中は執刀医とは別に麻酔科医が患者に付ききりになるため、ほとんどの医療機関で麻酔科医は多忙を極め、全国的に不足しているとされます。

開発中のシステムは、主に▽バイタルサインを測定し、そのうちの催眠レベルの数値、筋弛緩状態を出力するモニター▽制御用のコンピューター▽麻酔の鎮静・鎮痛・筋弛緩の3薬を静脈に注入するシリンジ(注射)ポンプで構成されています(図1)。これまで福井大学の研究において、合併症や体調の急変などの可能性が少ない患者の場合、手術中の麻酔薬の投与量と麻酔の経過などが予測できるようになっており、私たちはその予測のプログラムを独自にコンピューターに組み込んだ日本初の「ロボット麻酔システム」を構築しました。

ロボット麻酔は、麻酔科医不在の手術を目指すものではなく、例えば旅客機のオートパイロットが飛行の安定している間に限って自動的に操縦するように、麻酔科医の仕事を支援するものです。ロボットが動作している間、麻酔科医は患者の全身状態を見守る以外の業務にも携わることができる上、ロボットがバイタルサインに従って投与を調節するのを改めて確認する二重チェックができます(図2)。また、長時間の監視や単純な繰り返し作業、複雑な計算など、機械が得意な分野を生かし、ケアレスミスや思い違いなど、いわゆるヒューマンエラーを防止することもできます。このシステムは、より安全な医療の提供、麻酔科医の業務負担軽減や生産性の向上など「働き方改革」につながるものと期待されます。

研究の背景

日本で行われる全身麻酔手術は年間約220万件に上り、年々増加傾向です。これに対し全国の麻酔科医は約1万3千人程度です。手術には毎回、麻酔科医が1人以上必要なことからすると、日本の麻酔科医は平均して年間200回程度の全身麻酔手術に携わっていることになります。また、質の良い麻酔を実施する技術を習得した麻酔科医の養成には膨大な時間がかかり、麻酔科医も都市部への偏在や長時間労働の問題が浮上しています。一方、近年、短時間で作用し効果を調節しやすい麻酔薬が開発され、鎮静、鎮痛、筋弛緩の薬効をそれぞれ独立して調節できるようになっています。また、麻酔薬の体内濃度の動態予測も簡便にできるようになりました。さらに薬物の投与量を外部からコントロールできるシリンジポンプも製品化されています。

福井大学では以上の背景から、ロボット麻酔システムの開発に向け、2017年に院内で鎮静薬の至適濃度を自動計算するシステムの研究を始め、至適濃度の自動注入制御、続いて鎮痛薬、筋弛緩薬の自動注入制御のシステム開発を進めてきました。予備的な研究では、これらの自動注入制御システムの有効性と安全性を確認する成果を得ました。

これを受け、AMEDの平成30年度「医療機器開発推進研究事業」に応募、採択を受け、福井大学、NCGM、日本光電と共同で実用化に向けた研究、開発をすることになりました。開発中のシステムは、手術室で麻酔科医が患者に生体情報(血圧、脈拍、酸素飽和度など:バイタルサインと呼ばれる)を測定する多数のセンサーを装着してから麻酔薬の投与を開始し、人工呼吸のために気管内に柔らかいチューブを挿入する操作(挿管と呼ばれる)などを経て全身麻酔をかけられた患者の状態が安定した後の麻酔薬の投与調節を引き継ぐものです。バイタルサインの中でも既承認医療機器である鎮静レベルを示すバイスペクトラル・インデックス(BIS)※1と筋弛緩モニター※2のデータに基づいて、コンピューターがプログラムに従って麻酔薬の投与量を制御します。手術が無事、終了した後は、麻酔科医にバトンタッチし、麻酔科医が麻酔から覚める(覚醒と呼ばれる)まで投与調整を担当します(図2)。

図1:ロボット麻酔システム(イメージ)
ロボット麻酔システム(イメージ)

図2:ロボット麻酔システムにより期待できるワークフローの変化
ロボット麻酔システムにより期待できるワークフローの変化

今後の展開

本研究は、昨年末に臨床研究審査を受けて承認され、本年3月より福井大学およびNCGMの2施設において特定臨床研究として本システムの有効性と安全性を探索的に十分検証します。その後、AMEDとの契約期間である2020年度末までに、福井大学を中心とした医師主導での治験を実施・完了します。治験施設も同じく福井大学とNCGMを予定しています。特定臨床研究および治験では、どちらとも基本的に本システムが麻酔薬の使用に習熟した医師と比較して劣らないことを証明する非劣性試験として実施します。 

治験完了後は国内医療機器メーカーである日本光電に治験結果を移管し、以後日本光電が薬機法の申請・承認を経て製品化を担当する予定です。福井大学と日本光電は、薬機法の審査機関である独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)に許認可のために必要な有効性・安全性に関する検証方法・検証内容などについてのアドバイスをいただきながら開発を進めていきます。

本システムに関しては、日本国内での発売後、海外展開も検討しており、輸出する場合は必要な手続きなどを日本光電が担当して行う予定です。
一方、ロボット麻酔システムを安全に運用していくための教育制度や認定制度に関しても進めていく計画で現在検討中です。

波及効果

本システムの使用は、麻酔科医の麻酔薬維持調節に必要な労力を軽減し、麻酔科医がより高い次元での患者管理に注力することを可能とします。このことにより業務負担軽減や生産性向上に寄与し、医師の働き方改革につながります。

また、患者容態に応じた安全で適正な全身麻酔薬の投与を自動化し、麻酔科医と同レベルの麻酔が実現できるため、特に深夜や長時間の勤務による過労などに起因するヒューマンエラーを低減させることが可能になります。均一で質の良い麻酔を提供できるため、浅すぎる麻酔による術中覚醒や深すぎる麻酔による覚醒遅延や術後せん妄などの危険性を回避することにもつながります。

さらには、薬剤の自動投与を行うことにより過剰な投与がなくなり薬剤使用量の適正化が図れることや、術中・術後管理が適正に行えるので早期リハビリ・早期退院(社会復帰)による在床期間の短縮も可能となり、医療費の適正化にも貢献できると期待されます。

本研究・開発は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(平成30年度「医療機器開発推進研究事業」)の支援を受けて行っています。

用語解説

  • バイスペクトラル・インデックス(BIS):脳波波形をリアルタイム周波数解析処理することにより得られる鎮静度の指標
  • 筋弛緩モニター:神経に微弱な電気刺激を与え、筋肉が収縮する程度を評価する機器。電気刺激方法により、深い筋弛緩状態から浅い筋弛緩状態を評価することができる。

研究・開発グループ

  • 重見研司   福井大学医学部器官制御医学講座 麻酔・蘇生学 教授
  • 松木悠佳   福井大学医学部器官制御医学講座 麻酔・蘇生学 助教
  • 長田 理   国立研究開発法人国立国際医療研究センター 麻酔科 診療科長
  • 荻野芳弘   日本光電工業株式会社 呼吸器・麻酔器事業本部 専門部長