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清水孝雄・脂質シグナリングプロジェクト長、瑞宝中綬章の受章記念インタビュー

令和2年春の叙勲(4月29日付発令)において、NCGM研究所の清水孝雄・脂質シグナリングプロジェクト長が「教育研究功労」により、瑞宝中綬章を受章することとなりました。瑞宝章とは、「公務等に長年にわたり従事し、成績を挙げた方」に授与されるものです(内閣府HPより)。
受章を記念して、清水プロジェクト長が長年取り組まれてきた研究や現在の研究などのお話をうかがいました。

先生が研究されている「脂質」とは、どのようなものですか。

清水孝雄先生(写真)

脂質というものは、簡単に何かというと、やはりエネルギー源であるということが一番大きいですね。エネルギー源として、脂質は最も効率が良いのです。食べ物でもやはりカロリーがあって美味しいですね。そういう機能が一つです。
また、脂質は、水をはじく性質があるので、細胞をつくるのに非常に都合が良かったわけですね。太古の海の中で生物が誕生するには、ある隔壁が必要だったわけです。外側が水だし、細胞の内側にも水があるのだけれども、その間に水を通さないものが必要だとしたら、それは脂質です。生命が誕生するには、脂質が必要だったのです。そういう意味では、体の(細胞)膜をつくる重要成分だということが、二つ目ですね。
もう一つは、いろいろな生理活性を持った分子として血中を流れ、炎症やアレルギーや発がんなど、そういうものに関係したものがつくられることです。

(脂質は、)そういう三つの機能を持っていて、これらの調節が狂うと、がん、動脈硬化はもちろん関係するし、肺の線維症とか、肝硬変もそうですよね。それからいろいろなアレルギー疾患も引き起こします。

例えば大腸がんや乳がんは、戦後すごく増えているけれども、それは脂肪(特にお肉に多い飽和脂肪酸)をとる量が増えていることと関係があると言われていて、それは、単なる相関ではなく、動物実験から因果関係もはっきりしているのです。だから、生命にとっては、脂質はすごく重要であると同時に、それのバランスが狂うと、いろいろな病気がつくられるということです。そういう非常に魅力のある分子であるということですね。

先生は「生理活性」という研究をされてきました。

ええ、生理活性からスタートしました。それはプロスタグランディンとか、聞いたことあるかもしれませんが、炎症等に関わるものです。アスピリンを飲むと痛みが治まったり、熱が下がりますが、アスピリンは、プロスタグランディンの産生を抑える薬剤だからなのですね。副作用で胃潰瘍が起きるのも、プロスタグランディンが胃酸分泌を抑えているからです。
また、ばい菌が入ってきた時に白血球を呼び寄せて、異物と闘う、ロイコトリエンという分子もあります。それから、血液の固まり方や血圧を調節しているような生理活性脂質もあります。
そういうものが体の中でどのように作られて、しかもどのように作用するか。作用するのは、「受容体」、また「レセプター」とも言います。生理活性分子の受容体というものがあり、その分子をつかまえて、それの細胞の中に固有のシグナルを送ることから、熱が出たり、痛みを起こしたり、白血球が集まってきたり、血管を収縮させたり、様々な活動を起こすわけですね。そこで、受容体とはどういう構造しているのか、その研究してきました。

生理活性脂質の一つであるPAF(血小板活性化因子)については、世界で初の成果とうかがいました。

PAF(パフ)ですね。生理活性脂質は、今では40か50か知られていて受容体もそのくらいの数があります。しかし、こういった脂質分子がどうやって、細胞に作用するかということについて、受容体は全く分かっていなかったのです。それで最初に取ったのがそのPAFの受容体で、細胞膜にこういう分子があるということを私たちが見つけて、これが世界で最初に「生理活性脂質の受容体を見つけた」という仕事になりました。それが1991年のことですね。
最近、その受容体を抑えることでアレルギーを抑えるようなお薬ができました。「受容体拮抗薬」といって、PAFがその受容体にくっつくのを抑えることで、PAFの作用を失くすものですね。作用する前に止めてしまう、そういう受容体拮抗薬が日本の製薬会社でつくられて、今世界80か国以上で、抗アレルギー薬として販売されています。非常にうれしい話です。

先生のこの発見が関わったというわけですね。

そうですね。20年以上かかったわけですけれど、役に立ったと聞いています。化合物は、製薬会社がつくるわけですが、化合物をデザインするときは、受容体がどういう構造をしているかが、とても重要になります。そういう意味では、私たちの基礎研究が貢献したのです。

生理活性脂質を作る酵素の研究もされたということですね。

はい、そうですね。酵素で一番有名なのは、シクロオキシゲナーゼというものです。食事から摂取したアラキドン酸という不飽和脂肪酸から、プロスタグランディンが作られます。それを止めるのが、最初にお話ししたアスピリンやインダシンなどです。ここまでは、私がやった研究ではないのですが、同じアラキドン酸から気管支喘息の原因であるロイコトリエンという分子ができる酵素群を、最初に見つけたのが、やはり私たちです。それは、リポキシゲナーゼという酵素です。その後、米国の会社が酵素を抑えるお薬をつくりまして、それは気管支喘息の薬として現在も使われています。ですから、酵素を管理するということは、その生理活性分子をできなくする、あるいは過剰にできるのを抑えることによって、その作用を抑えることができるわけです。受容体で止めるということは一つの作戦ですが、生理活性脂質を作るところで抑えてしまうというのも、もう一つの方法なのです。
食べたものが、体の中で、エネルギー源になったり、細胞の膜になりますが、どうかすると、アレルギーとか喘息を起こす物質に変わるわけですね。ですから、その悪い酵素を抑えてしまえばよいということです。

阻害薬を研究中と伺ったのですが、これとはまた別のお薬ですか。

そうですね。この酵素は、もっと大元にあります。先ほど、アラキドン酸という不飽和脂肪酸から、シクロオキシゲナーゼの働きで、プロスタグランディンというものができ、リポキシゲナーゼという酵素で、ロイコトリエンができるとお話ししました。それぞれの酵素を、止めるには、アスピリンや、ザイルートンという薬があるのですが、アラキドン酸が細胞膜から出るところを抑えてしまえば、もっと良い薬ができるのではないかと思っています。この根元の酵素はPLA2(ホスフォリバーゼA2)と言われており、ここを抑えることができれば、プロスタグランディンもロイコトリエンもPAFもできなくなります。ステロイド薬に代わる夢の様なお薬と期待され、米国で治験が進んでいます。

生理活性脂質から膜脂質の研究に移るのですね。

アラキドン酸を膜から放出する酵素がPLA2という酵素ですが、そもそも、食事から摂ったアラキドン酸がどのような仕組みで膜に入るのかということを研究するのは、すごく重要じゃないかというふうに考えました。これがどういう疾患に関わるかということは特に考えたわけではなくて、興味本位でそういう遺伝子を見つけようとしたのです。酵素があるに決まっているわけですから。それを始めたのがちょうど東大を退職する10年前の2003年なのですね。
清水孝雄先生(写真)

それがひとつのターニングポイントです。だれでも自分の研究人生や健康寿命があと何年を数え、残りの期間に一体何をやりたいかと考える時が来ると思うのですね、研究者だったら。それで僕は、東大の定年が64歳ですからちょうど54歳の時なのですけども、後の10年間何をやろうかと考え、膜にどうやってアラキドン酸なり、いろいろな脂肪酸が入っていくのかということを研究しようと思ったのです。その後、国立国際医療研究センターで、この年まで仕事ができたのは本当に幸運で、春日雅人前理事長や國土典宏理事長に感謝しています。そこは全く未知の分野だったので、突入しました。

その後8年間ぐらいかけて、膜がどうやってできるかということ、もうこれは生命にとって根本的な話ですね。膜にもいろんな性質があって、例えば飽和脂肪酸という、バターの油みたいなものが分かりやすいと思うのですけども、非常に硬いわけです。しかし、例えばオリーブ油などは液体になり、柔らかいでしょう。二重結合が多い、つまり不飽和脂肪酸が多い膜になると柔らかくなりますし、逆に飽和脂肪酸が多いと硬い膜になる。それで、その硬い膜と柔らかい膜というのは、多分細胞の性質の違いを示すと思うのですね。例えば低温のところでは、少し柔らかい脂肪酸を増やしておかないと、臓器にしても、細胞にしても非常に固くなってしまうわけですね。変温動物は、寒い環境になると不飽和脂肪酸をたくさん膜に入れて対応して、逆に暑くなると少し硬い脂肪酸にするというような調節をしています。私たちは恒温動物で、睾丸とか皮膚などを除けば、体温は36.5度に基本的には保たれているので、そういうことはないのですが、別の機能を持っています。膜組成を決める遺伝子を10種類ぐらい新たに見つけました。今のプロジェクトを一緒にやっている進藤英雄氏が研究を推進してくれました。

そうすると、例えば今度はその酵素を欠損させることで、膜の性質を変えることはできるわけですね。その時に細胞がどういうふうな状態になるのかということを見ることで、その細胞がそういう脂肪酸を持つ意味が分かってくるわけです。これは新たな挑戦なのですね。

わかりやすい例を言いますと、オメガ3の脂肪酸であるDHAというのは、網膜とか脳とか、精巣に多いということが昔から分かっていたのですよ。実際、健康食品などでオメガ3の脂肪酸を摂って、脳を良くしよう、目が見やすくなるなどそういう話はたくさんあるのですけども、証拠はほとんどありませんでした。私たちはそのDHAを膜に、細胞に取り込む酵素を見つけたわけです。その遺伝子を欠損した動物をつくれば膜の DHAが少ない動物ができるのですね。DHAが無くなると何が起きたかと言うと、網膜が変性し、それから精子の奇形ができる、また神経機能に異常があるなどということが分かってきました。

清水孝雄先生NHK

つまり、(それまでは)そのメカニズムが分かっていなかったのです。なんとなくDHAを食べさせればいいのではないかという話はあったのですけども、実際に DHAを膜に入れる酵素をなくした動物をつくってみると、不妊が起こるとか、網膜がどんどん脱落していくのです。視細胞の形成にも精子成熟にも柔らかな膜が必要だったわけです。これは一つの非常にわかりやすい例でメディアでも話題になり、今年になって、NHKスペシャル「食の起源」でもこの仕事を紹介してくれていました。

だから我々の仕事というのはその生理活性脂質がどうやってできるか、それを合成する酵素、その受容体を発見するという仕事から、次第にそういう脂肪酸がどうやって膜に入って膜を形成するのかっていう仕事に移っていったのですが、転換点が先ほど言った様に、ちょうど2003年ぐらいだということですね。ついでに言えば、偶然、単離した酵素は肺に多く、肺サーファクタント脂質を作る遺伝子でした。元々は呼吸器内科を目指していたので、天の恵みと思いました。

このテーマを選ばれた動機とは。

自分の研究人生が残り10年だとしたら、生命に必要なその膜がどうやってできるかということに取り組みたいと、脂質の三大機能の中でも、膜の研究をやりたいと思ったことと、もう一つは2003年とは、ご存じかもしれませんが、ヒトのゲノム計画によって、ヒトのゲノムが発表された年なのですよ。それまで十数年かけて一兆円近いお金をかけてヒトのゲノムの全配列が分かって、世の中の研究がゲノム、プロテオームに進んでいった時期なのです。私はちょっと天邪鬼なので、みんながゲノムをやっているのだったら、(違うことをしようと)。ゲノムというは一度その人が生まれたらば生涯変わらないものじゃないですか。でも人間の健康とか寿命とかいうのは、食生活や運動などいろんなもので影響されるわけですね。だから変化していくものとは何なのかと考えたら、やっぱり代謝物ではないかと思ったのです。
 
私たちは、そういう代謝物を経時的にどういうふうに変化していくのかというのを見ていきたいと思ったのです。それが「メタボローム」です。脂質もメタボライトの一つ、代謝物の一つですから、それをどうやって解析するかという技術を同時に開発していくことになるし、私たちの研究にも役に立つし、同じ遺伝子を持ちながら、食生活とか運動などによって、変わっていくものを見ることによって、人間の健康を評価できたり、あるいはいろいろな医学的なアドバイスができるのではないかというふうに思ったのです。メタボローム技術の開発をしようと思ったのです。

その当時、文科省や厚労省や経産省などいろいろなところに請願に行ったのですけれど、誰も「メタボロームって何?」という感じで見向きもされなかったのですね。それでも非常に幸いなことは、私の京大時代からおつき合いのあった小野薬品と島津製作所、この二つの会社が「それじゃあ手伝ってあげますよ」ということで、寄付講座を東大につくってくださって、その二社は今だにサポートを続けてくれて、このオフィス、産学連携研究室もあるわけです。企業の研究者がここ(研究所)に来て研究しているのもそういう経緯があります。

今、取り組まれているのは?

今、力を入れているのは大きく二つあります。膜がどうでき、膜の脂質がどう変化し、それが細胞の機能とどう繋がるか、という研究と、もう一つは患者さんの尿や脊髄液や肺胞洗浄液などで脂溶性代謝物を測定して(メタボローム)、それが病態でどういうふうに変わるか、治療でどういうふうに変わるか、ということを研究しています。この二本立てで仕事をしています。

この二つが将来的にどのように、私たちの生活に関わってきますか。健康に対する効果など、どのように期待していらっしゃいますか。

そうですね、主にメタボロームについて、多少ほらも含めてお話しますと、結局さっき言ったようにゲノムというのはその人が親から受け継いだ性質で、生涯変わらない、運命の様なもののわけですね。しかし、食事や運動などの生活習慣や環境によって、代謝物は変動します。それは、病気の診断とか、早期の発見であるとか、予後の判定に役立つと思います。例えば、今身近な話題では新型コロナに感染した人の血液を調べることによって、この方は非常に高い率で悪性化していくかとか、あるいは比較的マイルドに治っていくか、等の予測ができれば良いと思いますし、呼吸障害や血管障害の発症には脂質代謝物が関わっている可能性があります。代謝物を測って、その後その人がどうなっていくかという経緯を追っていくことで、一定の数が集まれば研究にも、臨床にも役に立つだろうと思うのですね。

清水孝雄先生

別の例を言うと、例えばゲノム情報から、その人の大腸がんになりやすさとか、乳がんのリスクとかというものをある程度予測して、その人に生活習慣や食生活を変えるように指導し、その効果が出ているかを判定することもできるだろうと思っています。また、今やっている研究では、糖尿病の人たちが、どういう経過で透析導入になるか、ということがあります。血糖値をコントロールする薬は、山ほどありますし、降圧剤もたくさんあるわけですね。しかし、ある確率で糖尿病の方は網膜症になったり、透析になるということがあり、高血圧の方は脳卒中や認知症を起こします。この合併症が一番問題になります。そういうものを血液中のいろいろな代謝物を測ることで、予測できないかと思っています。その方に健康に関するアドバイスをできないかということが、今、大きな課題です。

これは、NCGMの病院の先生や糖尿病研究センターの人たちと協力して行っています。また人間ドックですね。人間ドックは毎年患者さんの血液を調べるわけだから、時間経緯が分かるし、また例えば5年後にどういう病気になったかということもかなり追えるのですね。こういうことで、健常人であっても5年後10年後のリスクを評価できて、それに対していろいろなアドバイスなど、介入できるようなことが可能になればいいなと思います。これは、まだ何か成功しているわけではなくて、夢ですけれども、そういうことを考えています。

遺伝子はもちろんすごく重要で、がんになりやすい遺伝子もあるわけですけど、それにプラスして必ず生活要因というものも必ずあるわけですから、それで変化するものを見るという研究がやはりあまりされてないということは残念で、それはこれからこのNCGMにとっても、すごく重要な研究になるだろうと思っています。
 
膜脂質の研究からはアラキドン酸がリポタンパクの分泌に関連したり、DHAが精子形成や網膜成熟に関与するということを先ほどお話ししましたが、新たな疾患概念や治療戦略に結びつくと嬉しいです。将来がすごく楽しみだと思っています。次の世代に頑張って欲しいです。

受章理由は、「教育研究(脂質研究及び研究医育成)」と一言で聞いていますが、ご説明いただけますか。

それは、研究に関して、やはり脂質に関する重要な遺伝子を見つけたということ、メタボロームというものを日本でスタートさせたというところが評価されたと聞いています。それから研究医育成という意味では、東大の医学部長の時に、みんなが臨床にばかり行っちゃって、基礎研究をする人が少なくなっているという、すごく悲劇的な状況があったのですね。
それで、国にも働きかけて、あるいは製薬協とかいろいろなところに働きかけて、基礎の医学研究をするような人を支援する仕組みをつくってほしいということと、東大がモデルになって全国で始まったのですけれども、例えば医学生の年のうち三ヶ月、いろいろな機関に研究をやらせるというようなものがスタートしまして、全国的に絶滅しかかった基礎研究医が少しですが、増えてきたということがあったのですね。それも評価してくださったと聞いています。 

産婦人科医や小児科が少ないとか、救急をやる人がいないとか、外科が減るというのは医療の緊急の危機としてはすごく分かりやすいことなのですけれども、研究する医師がいなくなったら、将来の薬をつくるとか、診断法をつくるとか、病気のメカニズムを発見するなど、そういうことができなくなるわけだから、すぐには感じないけれど、10年後に痛みになることは間違いないので、別の医療危機だと私は言ったのです。そのころ、テレビにも随分出ましたね。それが2007年から2011年ぐらいのあいだです。ずっとそういう活動を東大の医学部長のあいだに続けました。

本日は、お忙しいところ、いろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。