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視覚と生殖機能に必須であるドコサヘキサエン酸(DHA)
-失うと視覚と生殖の機能不全に-

2017年6月12日

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター

米国生化学分子生物学会誌『Journal of Biological Chemistry』に連続2報掲載

要旨

ドコサヘキサエン酸(DHA、図1)※1は視覚、生殖や脳機能に必要であり、動脈硬化など脂質代謝異常改善にも効果があると考えられています。しかし、このDHAは必須脂肪酸の一つであり、我々の体では合成できないため魚等の食事で補う必要があります。これまで疫学的にDHAの有効性が確認されていますが、なぜDHAが大事なのか?DHAはどのように働くのか?どのような分子形態で機能しているのか?など分子レベルでは未解決な点が多く残っていました。今回、国立国際医療研究センター脂質シグナリングプロジェクトの進藤英雄と菱川佳子らはDHA含有リン脂質※2生合成酵素(リゾホスファチジン酸アシル転移酵素3、LPAAT3)※3の遺伝子欠損マウスの視覚機能と生殖機能を解析し、DHAの重要性を調べました。LPAAT3欠損マウスの網膜と精巣で、DHA含有リン脂質の顕著な減少に伴い、視覚機能と雄性生殖機能が失われていました。視覚機能不全では、光を受容する網膜視細胞内のdisc構造※4の破綻や配置の異常が原因と考えられました(図2)。一方、雄性生殖不妊では、精子形態異常を観察しました。精子形成※5に必要な細胞質成分除去過程が不十分であったためと考えられます(図2)。本研究では、生体膜のDHA含有リン脂質を操作する事でDHAと生体機能のメカニズム一端を解明できました。少なくともリン脂質に結合したDHAは視覚や生殖に必須であることがわかりました。今後、LPAAT3遺伝子のコントロールやDHAを補う事で、視覚機能や生殖機能の改善治療方法開発へ発展させられる可能性があります。

本研究は国立国際医療研究センターと他機関との共同研究です。視覚機能:秋田大学、東京大学。生殖機能:秋田大学、千葉大学。

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研究の背景

これまでDHAは生体機能に良いとされていましたが、その理由の分子レベルでの解明は不十分でした。DHAは血中などでDHAとして(タンパク質と結合)存在するだけでなく、生体膜リン脂質に組み込まれた分子形態(DHA含有リン脂質、図1)でも存在します。私達は生体膜リン脂質の生合成メカニズムと生体機能の関連を研究しており、その中でDHA含有リン脂質生合成酵素(リゾホスファチジン酸アシル転移酵素3、LPAAT3)を発見しています。今回、DHA含有リン脂質を操作できるLPAAT3遺伝子欠損マウスの視覚機能と生殖機能を解析しました。比較として解析した野生型マウス※6はLPAAT3遺伝子を欠損していない通常のマウスです。

図2

本研究の概要・意義

LPAAT3遺伝子欠損マウスの網膜と精巣ではDHA含有リン脂質が顕著に減少していました。人工的に作製したDHA含有リン脂質リポソームは他のタイプのリン脂質より、小さくなりやすく、また変形しやすいことがわかりました。さらに、分子動力学法(MDシミュレーション)※7からDHA含有リン脂質は柔らかい事が示されました。

視覚機能解析では網膜電図解析(ERG)※8から視力をほぼ失っている事、網膜の視細胞の層が薄くなっている事、視細胞のdisc構造や配置に異常がある事がわかりました(図2)。イメージング質量分析計で視細胞のdiscが存在する層にDHA含有リン脂質が存在し、LPAAT3遺伝子欠損マウスでは消失している事もわかりました。

生殖機能解析では、LPAAT3遺伝子欠損雄マウスは人工授精での受精率が0%と重篤な不妊を呈しました。精子の奇形率は90%にものぼり、その殆どで頭部が折れ曲がるといった頭部形態異常が見られました(図2)。詳細な解析により、精子形成の後期に起こる精子細胞の細胞質除去に不全が観察されました。本来除去されるべき余剰の細胞質や膜が頭部に巻き付く事により頭部が折れ曲がったと考えらます(図2)。精子細胞の膜、細胞質除去は周辺の支持細胞であるセルトリ細胞※9においてエンドサイトーシス※10を介して除去される事が分かっています。LPAAT3は精巣生殖細胞の分化過程で発現が誘導され、膜のDHA含有リン脂質の量を増やし、効率のよいエンドサイトーシスに必要とされる膜の物性を付与していると考えられます。

以上より、DHAが視覚や生殖に必要な理由の一端を解明できました。少なくともリン脂質に組み込まれたDHAが機能に必須である事がわかりました。我々の体がDHAを必要とする分子メカニズム一端の解明は、生体膜機能の生化学的な解析だけでなく、視覚や生殖機能改善へ向けた研究開発に貢献できると思います。

今後の展望

本成果により、視覚機能不全や雄性不妊の治療方法開発への発展可能性が考えられます。これら疾患でDHA含有リン脂質減少やLPAAT3遺伝子変異等が確認できれば、適切に補う事で機能を改善できるかもしれません。また、LPAAT3活性を制御する化合物開発からも創薬できる可能性があります。

用語

  1. ドコサヘキサエン酸(DHA)
    炭素数22、二重結合数6の必須脂肪酸でC22:6とも表記します。我々は食事で補う必要があります。
  2. DHA含有リン脂質
    細胞を覆っている膜の主成分の一つがリン脂質です。リン脂質は校正される成分が多く多様です。その中でDHAを含むリン脂質が網膜や精巣、脳に多く存在しています。
  3. LPAAT3
    生体膜リン脂質生合成酵素の一つです。特にDHA含有リン脂質を生合成します。
  4. 網膜視細胞内のdisc
    視細胞の外節部分に円盤状に並んでいます。ロドプシンタンパク質が配置され、光受容します。DHA含有リン脂質が多いと考えられます。
  5. 精子形成
    精巣において精細管基底部に存在する精祖細胞が有糸分裂、減数分裂を経て精子として管腔に遊離されて精子が形成されます。
  6. 野生型マウス
    遺伝子を欠損していない通常のマウスです。LPAAT3遺伝子欠損マウスの比較対象になります。
  7. 分子動力学法(MDシミュレーション)
    原子や分子は常に動いています。これらをコンピュータ内で再現する手法です。計算によって推測を行えます。
  8. 網膜電図解析(ERG、electroretinogram)
    網膜に光を当てると電気的な信号が発生します。これが脳に伝わります。この電気信号を計測する解析で、視覚機能検査として行われます。
  9. セルトリ細胞
    精細管の基底側から管腔側にのびる細胞で、生殖細胞の支持や栄養の供給を担っています。
  10. エンドサイトーシス
    細胞が細胞外の物質を生体膜を陥入させて取り込む機構の一つです。

発表雑誌

雑誌名:J. Biol. Chem.
論文名:視覚機能/Shindou, H. et al., Docosahexaenoic acid preserves visual function by maintaining correct disc morphology in retinal photoreceptor cells.
    生殖機能/Hishikawa-Iizuka, Y. et al., Lysophosphatidic acid acyltransferase 3 tunes the membrane status of germ cells by incorporating docosahexaenoic acid during spermatogenesis.
掲載日:米国東部標準時間6月3日に、先行してオンライン版に掲載。

参照URL

J. Biol. Chem. ホームページ(http://www.jbc.org

研究グループ・研究支援

本研究は国立国際医療研究センターと秋田大学、東京大学、千葉大学の共同研究です。日本医療研究開発機構(AMED)「革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」研究開発領域」、日本学術振興会科研費、武田科学振興財団、細胞科学財団、小野医学研究財団の支援を受けています。国立国際医療研究センター脂質シグナリングプロジェクトは小野薬品工業株式会社に、東京大学大学院医学系研究科リピドミクス社会連携講座は株式会社島津製作所に支援を受けています。なお、AMED-CRESTにおける本研究開発領域は、2015年4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より移管されたものです。

本件に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター研究所 脂質シグナリングプロジェクト 副プロジェクト長
東京大学大学院医学系研究科脂質医科学連携講座 准教授
責任著者名:進藤 英雄(しんどう ひでお)
電話:03-3202-7181(内線 2810)
FAX:03-3202-7364
E-mail:hshindou-tky@umin.net
〒162-8655 東京都新宿区戸山1-21-1

取材に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
広報係長:西澤 樹生(にしざわ たつき)
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