1.感染制御とは
小林寛伊
1-1 院内感染(病院感染)
(1) 病院内で接種された(植え付けられた)微生物によって惹起される感染症を院内感染(病院感染)という。
(2) 退院してから発症しても病院内での微生物接種に起因する感染症であれば院内感染である。
(3) 医療従事者が病院内で接種された微生物によって感染症を惹起した場合も院内感染である。
(4) 病院外で接種された微生物によって入院後に発症した感染症は市井感染であり,院内感染ではない。
(5) 特殊な院内感染として,新生児の産道感染がある。
●解説
病院内で接種された微生物による感染症は,病院内で発症したものはもちろん,病院外で発症したものもすべて院内感染と定義する1―4)。事務職員,清掃などの外注職員を含めた医療従事者のすべてにも適用される。入院期間が極度に短縮しているアメリカ合衆国等では,退院後の発症が多く,その追跡調査が容易でない。
病院外での発症,医療従事者の発症を含むため,hospital(-acquired) infection, nosocomial infectionに対する日本語訳として,日本環境感染学会では“院内感染”より“病院感染”のほうが適切な言葉であろうと結論している3)。
入院後に病院内で発症しても,入院前に接種された微生物による感染症は院内感染とはされず,市井感染community acquired infectionと定義する。連合王国(英国)ではどちらか判断に迷う場合は,入院後72時間以上経過してから発症した感染症を院内感染とするとしているが2),一概には言い切れず,症例ごとに判断していく必要がある。
1-2 院内アウトブレイク(多発)とは
(1) 同一の関連深い感染症が2例以上集団発生した場合5)。
(2) 同一の感染症が通常予測される症例数より多く発生した場合5)。
(3) 同一微生物による感染症例が通常より統計学的に有意に多く発生した場合6)。
●解説
(1)(2)は連合王国の定義であるが,いずれを適用するかは感染症の性質と発生率によるものであり,小規模のアウトブレイクは比較的頻繁に発生しており,アウトブレイクが拡大しないように迅速な発見と対応が求められる5)。
(3)は,アメリカ合衆国での定義で,感染症例数(分子)のみではなく,分子,分母の関係,つまり感染率が重要で,正確なサーベイランスによって,通常な状況かアウトブレイクかを,統計学的に評価しなければならない6)。特殊な微生物(例:Vibrio cholerae下痢症)によるものか,抗菌薬感受性パターンの異常な一般的微生物(例:バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌VRSA)等によるとき以外は,アウトブレイクか否かの評価が難しい6)。
感染症例数のみによってアウトブレイクと断定することは危険であり,異常発生の可能性を速やかに感知し,適切なサーベイランスを行って統計学的に評価することが正確な評価につながる。そのための施設ごと,地域ごとなどの背景となる資料を蓄積しておくことが今後の課題である。
1-3 感染制御(感染対策)とは
(1) 感染症の発生を未然に予防preventionすることと,発生した感染症を制圧controlすることである。
●解説
院内感染,老人施設内感染,在宅ケアでの感染等いずれにとっても,これらを未然に予防preventionすることが第一であり,患者サービスの上から,そして,医療経済上も最も望ましい感染制御(感染対策)である。しかし,院内感染は,全病院規模のサーベイランスにおいて,6―9%前後に認められており7),現在の医療においてゼロに近づけることは至難である。
ここでいう感染制御(対策)は,院内感染(病院感染)が中心となるが,広く老人施設,在宅ケア等への適応をも考慮していくものとする。
そこで,発生した感染症に対する制圧controlが一方において大切な課題となる。特にアウトブレイクが発生した場合は,厳重かつ迅速な対応が必要となる。
この両者のための,監視体制,サーベイランス,現場への介入,教育などを有効に実践していく組織作りが不可欠である。
1-4 スタンダードプリコーション(標準予防策)
(1) 感染症の有無にかかわらず病院でケアを受けるすべての患者に適用する予防策である。
(2) 血液,体液,汗を除く分泌物,排泄物,損傷皮膚,粘膜に適用される予防策である。
●解説
1983年にCDCは“病院における隔離予防策のガイドライン”10)において,カテゴリー別予防策を示した8,9)。HIV感染の問題が大きくなってきた1985年に示されたユニバーサルプリコーション(UP,普遍的予防策)では,それまで感染性疾患と診断された症例,あるいは,疑われる症例に限って隔離予防策を適用していたが,すべての症例に対して,血液に対する隔離予防策を適用するように変わった10―13)。さらに,1987年に,血液以外の体物質にも適用するボディ
サブスタンス アイソレーション(BSI,体物質隔離)がLynchらによって追加された14,15)。
UPとBSIとをまとめて整理したのが1996年1月に出版されたスタンダードプリコーションである8,9)。内容の詳細は,文献8,9)に譲る。
1-5 感染経路別対策
(1) 感染経路を,空気感染airborne transmission,飛沫感染droplet transmission,接触感染contact
transmission,一般媒介物感染common vehicle transmission,昆虫媒介感染vectorborne transmission,の5つに分類して対応する対策である。
(2) 接触感染は,これをさらに,直接接触感染direct-contact transmissionと間接接触感染indirect-contact transmissionとに分ける。
●解説
感染症の感染経路を考慮して対策を実践することが,効果的かつ経済的である。臨床上重要なのは,空気(飛沫核)感染,飛沫感染,接触感染の三者である。空気感染は,粒径5μm以下の粒子に付着して長時間空中に浮遊している微生物によるものであり,飛沫感染は,粒径5μmより大きい粒子に付着して短時間(数メートル以内)で落下してしまう微生物によるものである。それぞれには,次のような疾患あるいは微生物がある9)。
●空気感染:麻疹,水痘,結核
●飛沫感染:侵襲型B型インフルエンザ菌疾患,侵襲型髄膜炎菌疾患,ジフテリア(喉頭),マイコプラズマ肺炎,百日咳,肺ペスト,溶血レンサ球菌性咽頭炎/肺炎,猩紅熱,飛沫感染で伝播する重症ウイルス感染症(アデノウイルス,インフルエンザ,ムンプス,パルボウイルスB19感染症,風疹など)
●接触感染:クロストリジウム・ディフィシル腸炎,腸管出血性大腸菌O157:H7感染症,赤痢,A型肝炎,ロタウイルス感染症,乳幼児におけるRSウイルス感染症,パラインフルエンザウイルス感染症,腸管ウイルス感染症など,ジフテリア(皮膚),単純ヘルペス(新生児あるいは粘膜皮膚の),膿痂疹,重症(封じ込めできない)膿瘍,蜂巣炎/褥瘡など,しらみ寄生症,疥癬,乳幼児ブドウ球菌性せつ,ブドウ球菌性熱傷皮膚症候群,帯状疱疹(播種性または免疫不全患者の),ウイルス性/出血性結膜炎,ウイルス出血熱(エボラ,ラッサ,マールブルグ)
(対策の詳細は本書「6.隔離対策の選択と実際」を参照)
1-6 内因性感染と外因性感染
(1) 自分以外の生物,無生物の保有している微生物による感染を外因性感染exogenous infection(交差感染cross infection)という。
(2) 自分自身の保有している微生物による感染を内因性感染endogenous infection(自己感染self-infection)という。
●解説
多くの感染症は外因性感染として惹起されるが,内因性感染として惹起される感染症も少なくない。消化管手術後の手術部位感染surgical site infection(SSI)は,手術手技に伴う不可抗力な結果として生ずる自分自身の消化管内容に基づくものが少なくない。また,黄色ブドウ球菌(メチシリン感受性株およびメチシリン耐性株)の鼻腔,咽頭保菌に基づく感染症,腸内細菌群による尿路系感染症などが内因性感染として起こってくるものである。
感染制御の観点からは,外因性感染,内因性感染の両方の可能性を考慮して対策を講じていかなくてはならない。
1-7 感染制御の病院内組織
病院長は,感染対策の効果的遂行に責任を持たなければならない。また,病院上層部の支援なしには感染対策プログラムの実行は不可能である。
小規模の病院においては,感染対策委員会が感染対策チームinfection control team(ICT)を兼ねている場合が多く,それなりに機能していれば可とするものである。しかし,規模の大きい病院においては,図1-1に示すように,病院長の諮問機関としてのスタッフである感染対策委員会infection
control committee(ICC)と,実践チームとして日常業務を行うラインとしてのICTとに分けて考えるほうが効果的に感染制御を遂行できる。ICTのメンバーの一部または全員が感染対策委員会の構成員の一部となる。
ICTが感染対策委員会の下について働く組織図もあるが,アメリカ合衆国において1963年に初めてinfection
control nurse(ICN)が任命されたスタンフォード大学の例でも16),連合王国においても17),図1-1に類した組織を挙げており,実践チームが病院長あるいはこれに代わる管理者から権限を委譲されてラインとして活動するこのような形が,実践的効果を上げやすい組織である。

1-8 感染制御医師(infection
control doctor:ICD)と感染管理看護師(infection control nurse:ICN)
1)ICD
感染制御の知識を有した経験者がその任を担い,感染対策チームの中心となる。そして,後述する感染対策チームの任務を遂行する。
2003年現在,16学会から成るインフェクションコントロールドクター(ICD)制度協議会によってICDの認定が行われており,2003年4月現在,3,655名の認定者がある。この中には,基礎分野のドクター,医師以外のPhDも含まれており,すべてが臨床現場で活躍しているわけではないが,それぞれの専門分野の経験と知識によって,感染制御に貢献することを目的として作られた制度である。
2)ICN
ICNについては,本章末にある附記を参照していただきたい。
1-9 感染対策チーム(infection
control team:ICT)
ICTは次のような職種で構成される。
(1) インフェクションコントロールドクター(ICD)(望ましくは関連学会で構成される認定協議会認定ICD:事務局 日本感染症学会)
(2) インフェクションコントロールナース(ICN)(日本看護協会認定者はいまだ少なく,現状では各病院独自に任命するICN)
(3) 臨床薬剤師
(4) 細菌検査技師
(5) その他(事務担当者,技術職員,リンクナース[後述]など)
ICD,ICNは,将来は専任制となるであろうが,日本の現状においては併任であることもやむを得ず,専任制をとっている施設はごく限られている。ICTの任務としては以下の諸点が挙げられる。
(1) 年間計画の作成と病院長への報告
(2) 年間計画の実行とアウトカム評価
(3) 年間予算計画の作成と交渉
(4) 最低週1回の病棟ラウンドward liaison
(5) 必要な対象限定サーベイランスtargeted/focused/selective surveillance(関連科との協力が不可欠)
(6) サーベイランス結果の病院長,感染対策委員会,現場への報告
(7) アウトブレイクの防止と発生時の早期特定および制圧
(8) 現場への介入intervention(教育的介入,設備備品的介入)
(9) 感染対策マニュアルの作成
(10) 職業感染防止と針刺し事故等への対応
(11) 結核,疥癬,MRSA,VREなどの交差感染防止
ICTの業務は横断的なもので,現場における医師,看護師などへの介入も重要な業務であるため,人間関係を円滑に維持できる能力が強く求められる。しかも,人の話をよく聞き,その時点で最良な策を理解しやすいように説明し,説得できることが必要である。現場のいろいろな職種の職員に,感染対策を遂行する意欲をもたせることも大切である。
1-10 感染対策委員会(infection
control committee:ICC)
施設によって条件は異なるが,感染対策委員会は,通常は諮問機関であり,以下のような任務を行うことが望ましい。
(1)
ICTへの助言と支援
(2) 病院長の注意喚起
(3) 感染症およびその対策上の問題点に関する報告書の検討
(4) アウトブレイク対策の検討
(5) 年間感染制御プログラムの検討
(6) 予算有効活用への助言
(7) ストラテジーに対する助言と確認
(8) 各職種の教育推進
(9) 各分野間の交流促進
規模の小さな施設では,感染対策委員会がICTの業務を担うところもあるが,現状では容認すべき組織図であろう。感染対策委員会は次のような構成員より成る。
(1)
ICT
(2) 病院長または病院長代理*
(3) 感染症専門家
(4) 各臨床分野代表
(5) 看護部長またはその代理*
(6) 薬剤部長またはその代理*
(7) 事務担当者
*“平成12.3.17 保険発 29・老健 51”による“院内感染防止対策の基準”においては“MRSA院内感染対策委員会は,病院長または診療所長,看護部長,薬剤部門の責任者,検査部門の責任者,事務部門の責任者,感染症対策に関し相当の経験を有する医師等の職員から構成されていること。”と記載されている。月1回程度,定期的に開催することとしている。
1-11 リンクナース
リンクナースは,連合王国で作られた役割である17)。現場での業務を行いながら,ICTと現場とのつなぎ役を任務とする。経験豊富な現場の看護師を任命して,情報の交換の要となり,ICTを補助してアウトブレイクの予防,特定,制圧を遂行し,場合によっては,サーベイランスの補助をする。最近は,わが国においてもかなりの数の施設で任命している。
1-12 施設基準等
厚生労働省は,MRSAなどの感染対策として次のような諸点を挙げている。
(1)病室の個室化および個室の空調設備の促進
(2)各病室の入口に速乾式消毒液の設置
文献
1)Garner
JS, Javis WR, Emori TG, Horan TC, Hughes JM. CDC definitions for nosocomial
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2)Glenister
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3)小林寛伊.用語. 於:日本環境感染学会編.病院感染防止指針 第2版第2刷.東京:南山堂,1998; 3-5.
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AJIC 1990; 18: 1-12.
16)Wenzel
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17)Hospital
Infection Working Group of DH/PHLS. Hospital infection control. London:
Department of Health 1995.
附 ICNについて
1)ICNの役割
ICNは感染の発生と伝播防止に関する専門的知識を活用し,看護職にとどまらず,医療施設に勤務するあらゆる職種および患者や家族などの施設利用者を支援するリソースとしての役割機能をもつ。ICNの活動は組織横断的であり,具体的には以下の7項目に分類される。
(1)感染管理システムの構築と運営
感染管理システムの構築と運営において中心的な役割を果たす。組織規模によっては感染対策の連絡・協力ナース(リンクナース)制を組織,運営する。
(2)院内感染サーベイランスの実践
院内感染サーベイランスを疫学的原則に基づき計画,実践し,結果を現場と共有することをとおして感染率の減少を目指す。また,サーベイランスデータに基づき,感染対策を評価,改善する。
(3)感染防止技術の向上
感染防止効果が認められた対策について情報収集を行い,各部門の状況に応じて導入する。
(4)コンサルテーション(相談)
医療施設に勤務するあらゆる職種および患者や家族などの施設利用者から,感染防止のための処置やケア,隔離予防策などについて相談を受け,状況に応じた的確な助言を行う。
(5)感染管理教育の実施
医療施設に勤務するあらゆる職種および患者や家族などの施設利用者を対象に,感染発生および伝播防止に関する教育を実施し,その効果を評価する。
(6)職業感染防止
医療施設に勤務するあらゆる職種に対して,針刺し・切創や空気感染などの職業感染防止対策を立案,導入,評価する。
(7)ファシリティーマネジメントの推進
廃棄物,清掃,空調,水質,給食などの担当部門に対し,感染管理の観点から支援を行う。
2)ICNを専任配置することによる効果
欧米では感染管理担当者のほとんどが専門的なトレーニングを受けた看護師で占められており,1950年から60年代以降は専任として活動する形態が主流となっている1)。わが国では1995年に日本看護協会(JNA)が認定看護師制度を発足させ,2000年に感染管理認定看護師の認定を開始した。現在,2つの教育機関で600―800時間に及ぶ専門的なトレーニングが提供されている。
2003年4月現在の感染管理認定看護師は59名であるが,8月には100名を超す予定である。これら認定看護師のうち,専任ポジションを獲得しているのは20名程度であり,他は兼任またはスタッフとして活動している。JNAによる調査では,専任以外のICNは活動時間や対象が限られ,専門技能がフルに生かされていない現状が明らかとなっている。
1970―80年代に米国でSENIC(Study
on the Efficacy of Nosocomial Infection Control)と呼ばれる大規模調査が実施され,その結果,(1)院内感染サーベイランスおよび効果的な感染対策を実施し,(2)感染管理看護師を250床に1人の割合で配置し,(3)Hospital
Epidemiologist(疫学教育を受けた感染症科や内科の医師であり,診療業務のかたわら感染委員会の長などを務める)を有し,(4)執刀医への手術部位感染発生率のフィードバックを行っている医療施設では,全院内感染の32%が予防可能であるという報告がなされた2)。また,ベルギーの研究者らは1人の専任感染管理看護師を配置したことにより,院内感染サーベイランスとこれに基づく業務改善とスタッフ教育が強化され,42床のICUにおいて院内感染発生率が3年間で42%減少したと報告している3)。
これらの調査結果から,医療施設において感染管理看護師を専任配置することにより,以下の効果が得られると考えられる。
・感染率の低減に伴う医療・ケアの質向上
・感染率の低減に伴う在院期間短縮や不必要な感染対策の中止による経済性の向上
・業務改善および効率化
文献
1)Goldrick
BA, Dingle DA, Gilmore GK, Curchoe RM, Plackner CL, Fabrey LJ. Practice
analysis for infection control and epidemiology in the new millennium. Am J
Infect Control 2002, Dec; 30(8):437-48.
2)Haley
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infections in US hospitals. Am J Epidemiol 1985, Feb; 121(2): 182-205.
3)Venberghe
A, Laterre P, Goenen M, Reynaert M, Wittebole X, Simon A, Haxhe JJ.
Surveillance of hospital-acquired infections in an intensive care department―
the benefit of the full-time presence of an infection control nurse. J Hosp
Infect 2002, Sep; 52(1): 56-9.
(沼口史衣)