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B型肝炎について

疫学・自然経過

 B型肝炎ウイルス(HBV)は、1968年に発見されたDNAウイルスで、現在世界の約4億人に持続感染していると考えられている。HBV持続感染の世界分布には大きな地域差があり、東アジアと東南アジアに約3億人が集中し、残りの大半はアフリカに限局している。我が国では100-130万人がHBVに持続感染していると推定されている。HBVは血液・体液を介して感染し、感染した時期、感染時の宿主の免疫能によって、一過性感染に終わるものと持続感染するものとに大別される。

 思春期以降の宿主の免疫能が十分確立されてからのHBV感染は、多くの場合一過性感染で終わり、その後終生免疫を獲得する。感染経路の大部分はHBV慢性感染者からの性感染と考えられる。その他、未滅菌の医療器具、刺青、ピアスの穴開け、カミソリや歯ブラシ、麻薬・覚醒剤使用時の注射器の共用時、HBV持続感染者の血液が器具に残存していると感染の可能性がある。HBV感染後、急性肝炎を発症するが、不顕性の感染もしばしば生じ、その後9割前後の確率でHBs抗体を獲得し、終生免疫を獲得する。

 一方HBVが持続感染者の大部分は、HBV陽性の母親からの出産時に産道出血によりHBVに感染する(母児感染)。その他乳幼児期に医療行為、家族内感染等の理由で、HBVの持続感染者の血液・体液が体内に侵入することによっても持続感染が成立する。これは乳幼児期はいわゆる免疫寛容の状況にあり、HBVが体内に侵入してきても自己の免疫システムが未熟なため、HBVを非自己として認識できないことによる。一般に持続感染が成立しやすいのは4、5才頃までのHBV感染であり、思春期になると免疫システムが確立するため、仮にHBVに感染しても慢性化は稀である。一方成人であっても、免疫不全の状況にある、免疫抑制剤使用中、抗癌剤治療中、後天性免疫不全症候群(AIDS)患者においては、 HBVが排除できずに持続感染を起こすことがある。また健常者におけるB型急性肝炎罹患後の慢性化率は10%以下といわれていたが、近年急性肝炎後の慢性化する症例が、増加している。これはジェノタイプB、Cと分類される、従来日本人のHBVの大部分を占めるHBVのサブタイプと異なり、性風俗産業が主な感染源と見られるジェノタイプA型の外来種(欧米型、アジアアフリカ型)のHBVによる急性肝炎の患者数が近年急増しているからである。ジェノタイプAの急性肝炎罹患後の慢性化率は20-30%に達するとの報告もある(図1)。

図1 HBVの感染経路、感染時期と慢性化

 出生時または乳幼児期にHBVに感染した持続感染者は、いわゆる「無症候性キャリア」となり、肝炎を発症していない状態が続いている。しかし思春期を過ぎると自己の免疫力が発達し、リンパ球がHBV感染肝細胞を認識し、排除しようとし始める。これが肝炎である(図2−A、B、C)。

図2-A
図2-B
図2-C

一般に10才から30才代に、一過性に強い肝炎を起こし、HBVはHBe抗原陽性の増殖性の高いウイルスからHBe抗体陽性の増殖性の低いウイルスに変化する。これをHBeのセロコンバージョンと呼ぶ。(図3)

図3 HBVキャリアにおける抗原・抗体出現時期の推移

HBe抗体陽性となった後は、多くの場合そのまま生涯強い肝炎を発症しない無症候性キャリアに再度移行する(約80-90%と推測される)。一方残りの10-20%の持続感染者では慢性肝炎へと移行し、その中から肝硬変、肝臓癌へと進行する。

診断

1)HBV感染の有無:

  HBVの感染は、HBs抗原の血液検査を行い、HBs抗原が陽性なら、100%HBVに感染しているとみなす。逆にHBs抗原が陰性なら、ほとんどの場合、HBVに感染していないと考えられる。しかし稀にHBs抗原のアミノ酸配列に変異があり、通常のHBs抗原キットでは検出されない場合もあり、HBc抗体(IgG)の測定が必要な場合がある。HBVに持続感染している患者の場合HBc抗体は高力価陽性となる。一方で過去にHBVに一過性に感染した、既往感染者の場合はHBc抗体は低力価陽性となる。ちなみにHBVの初感染の場合はIgM-HBc抗体が陽性となる。

 HBs抗原陽性ならば、HBe抗原、HBe抗体を調べる。一般にHBe抗原陽性、HBe抗体陰性の場合は、HBVの増殖力、感染力が強く、肝炎を発症すると強い肝障害を起こす。一方でHBe抗原陰性、HBe抗体陽性の場合は、HBVの増殖力が弱く、多くの場合肝炎は沈静化し、他者への感染能も低くなる。しかしHBe抗体陽性者には例外がしばしば存在する。仮にHBe抗体陽性であってもHBVウイルス量は多く、肝炎が進行して肝硬変になる症例、あるいは肝臓癌を発症する症例もあるため、仮にHBe抗体陽性であっても十分な経過観察が必要で、決して「B型肝炎は治癒したので通院の必要はない」と患者に話してはならない。

 HBVのウイルス量はHBVDNAを測定する、特にインターフェロン(IFN)治療や抗ウイルス薬を使用し、その治療効果を見るときに有用である。通常HBVDNA値は対数表示される。ウイルス量が少なくなると「1.8未満」など測定感度以下と表示されることがあるが、多くの場合HBVは肝臓内に存在し、決してウイルスが消失したわけではないので、患者に誤解を与えないようにしなければならない。

2)肝機能検査:

 @肝炎の活動性:現在肝炎を発症しているかどうか、また生じた肝炎の程度を調べるには、AST(GOT)/ALT (GPT)の血液検査を行う。正常値は施設によって異なるが40-50 IU/ml未満であり、急性肝炎、慢性肝炎の時AST/ALTは異常高値をとる。AST/ALTは感染肝細胞の破壊によって逸脱した肝酵素なので、AST/ALT値が高ければ高いほど、肝炎の程度は強いと言える。急性肝炎の場合、AST/ALTは時に数千〜1万を超えることがあるが、一時的に多量に肝細胞が壊れても、その後肝細胞が十分に再生すれば肝機能は回復してくる。すなわち肝炎の極期において残存する肝予備能、再生しうる肝細胞の数が問題となる。従って生命の危険を伴う劇症肝炎へ移行するか否かは、AST/ALTではなく、後述のプロトロンビン活性度などで判断する。

 一方慢性肝炎の場合AST/ALTの高値が持続すれば、早期に慢性肝炎から肝硬変へと進行するし、仮にAST/ALTが軽度上昇している場合でも、長期間異常値が続けば徐々に肝硬変へと進行する。 B型慢性肝炎の患者の場合は20代の頃からしばしば激しい急性増悪を繰り返すことが多く、 30-40才代で肝硬変に進行することもしばしばある。

 A肝炎の進行度(肝線維化):現在の肝炎の状態が慢性肝炎であるか肝硬変か、肝硬変の状態が黄疸、腹水、肝性脳症などの合併症のない代償性肝硬変か合併症の出現した非代償性肝硬変か、を診断するには肝炎の進行度を調べる必要がある。このため、総ビリルビン値などの胆汁排泄能、血清アルブミン値やプロトロンビン活性度などのタンパク合成能、血清アンモニア値などの解毒能などを総合的に判断する必要がある。肝硬変の病期分類でChild-Pugh分類があるが、これは総ビリルビン、血清アルブミン、プロトロンビン活性度、肝性脳症の有無、腹水の有無を総合的に判断して肝炎、肝硬変の進行度を判断する。(図4)

図4 肝予備能の評価
Child-Pugh分類…肝硬変の評価
A 5-6点, B 7-9点, C10-15点
1点 2点 3点
脳症 ない 軽度 ときどき昏睡
腹水 ない 治療効果有り 治療効果少ない
T.Bil(mg/dl) <2.0 2.0-3.0 3.0<
Alb(g/dl) 3.5< 2.8-3.5 <2.8
PT(%) 70< 40-70 <40

 また急性肝炎が劇症肝炎に進行するか否かの判定はプロトロンビン活性度と肝性脳症とで判断する。本邦での劇症肝炎の診断基準はプロトロンビン活性度40%以下かつ肝性脳症U度以上(羽ばたき振戦出現)である。

3)肝生検

 肝炎の進展の程度を知るために、腹腔鏡あるいは腹部超音波ガイド下に肝臓の組織生検を行うことがあり、これを肝生検という。B型肝炎は血液検査と実際の肝線維化の程度が必ずしも一致しない場合が多く、特に肝炎が進行し積極的な治療介入が望まれる症例では、肝線維化の程度を正確に診断するために肝生検がしばしば行われる。(図5)

図5

臨床症状

 B型肝炎は、前述の通り成人がHBVに感染したときに一過性に発症する急性肝炎とHBVの持続感染者に起きる慢性肝炎の2つに大きく分けられる。

 B型急性肝炎は、HBVに感染してから1-6ヶ月の潜伏期間を経て、全身倦怠感、食欲不振、悪心、嘔吐、褐色尿、黄疸などが出現する。一般に数週間で肝炎は極期を過ぎ、回復過程に入る。ASTはALTより半減期が短いため、極期を超えるとASTの方がALTより先に低下し始める。血清ビリルビンはAST、 ALTに比べて遷延することがしばしばある。

 一方、B型慢性肝炎では、一般に急性肝炎でみられる症状は出現しにくく、自覚症状をほとんど認めない。しかし、しばしば「急性増悪」と呼ばれる一過性の強い肝障害を起こることがあり、この際には急性肝炎と同様に、全身倦怠感、食欲不振、褐色尿、黄疸が出現することがある。

治療

@急性B型肝炎:急性肝炎は一般に抗ウイルス療法は必要無く、食欲低下などの症状があれば補液を行うが、基本的には慢性肝炎の治療に使う肝庇護剤は使用せず、無治療で自然にHBVが排除されるのを待つ。一般的に肝庇護剤の使用は逆にウイルス排除を防いでHBVの持続感染化を起こすので推奨されていない。ただし劇症肝炎例、劇症化が予測される症例に対しては核酸アナログ製剤の投与や免疫抑制剤の使用、血漿交換、血液透析などが行われる場合もある。それでもさらに肝炎が進行する場合は、肝移植を行わないと救命できない場合もある。

A慢性B型肝炎:慢性B型肝炎患者の人に持続感染しているHBVは基本的には完全排除は不可能で、IFNや核酸アナログ製剤を用いてもウイルスの完全排除は期待できない。このためHBVの治療目標はHBVDNA量を減らして、AST、 ALTを正常範囲以内に維持する、いわゆる「臨床的治癒」の状態に維持することである。これがHBVに対する治療とHCVに対する治療の根本的な違いで、この点をふまえてB型慢性肝炎の治療を行う必要がある。

 HBVに対する有効な抗ウイルス薬は、IFNと核酸アナログ製剤の2剤に大きく分けられる。IFNは一般に年齢が35才程度までの若年者で、肝炎の程度は肝生検でF1程度までの線維化の施行していない症例、核酸アナログ製剤は 35才以上の非若年者、35才以下であってもF2以上の比較的肝炎の進行した症例が対象である。

厚生労働省の肝炎等克服緊急対策研究事業(熊田班)による平成20年度のB型慢性肝炎に対する診療ガイドラインでは 治療対象は、ALT≧31 IU/L以上で、

  • HBe抗原陽性は、HBV DNA量5 log copies/mL以上
  • HBe抗原陰性は、HBV DNA量4 log copies/mL以上
  • 肝硬変症例では、HBV DNA量 3 log copies/mL以上である。

 年齢を35才未満と35才以上、HBVDNA量を7 log copies/mL以上と7 log copies/mL未満に分けて、IFN療法と核酸アナログ療法のどちらがよいか、治療指針を出している。

 IFN療法はHBe抗原陽性の比較的若く、HBeのセロコンバージョンを起こしてない慢性肝炎患者が治療の対象になる。IFNによってHBeのセロコンバージョンを起こし、「臨床的治癒」の状態にすることが治療の主な目的である。これまではB型慢性肝炎に対するIFN療法は、週3回で24週間の投与期間となっていたが、平成20年度のガイドラインでは、症例に応じて投与期間を24-48週間としている(ガイドラインの補足参照)。これは欧米でのペグインターフェロンの使用成績で、48週間のIFN長期投与の方が24週間の治療より高い奏効率を示したことによる。但し現段階でのB型肝炎に対するIFN療法の保険適応は24週間なので注意を要する。IFN療法が奏功すればIFN投与を中止してからも、そのままHBVは増殖せず肝炎は沈静化する。しかしIFNが効かずにHBe抗原が陰性化しない症例、IFNを中止するとHBVが再度増えて肝炎が再燃する症例も多く、IFN療法の奏功率は30-40%である。

 IFN療法を行うと感冒様症状、汎血球減少は必発である。糖尿病、膠原病の患者は、症状がしばしば増悪する。また時に間質性肺炎、うつ病を起こす患者がいる。これらの副作用は必発ではないが、それぞれ急性呼吸不全、自殺企図という死に至る場合があるため、これらの症状が出現すればすぐIFN投与を中止にする必要がある。また眼底出血、脱毛、タンパク尿などが出現することがある。

 核酸アナログ製剤は、HBVがウイルスの複製課程で逆転写反応を行うことを利用して、逆転写酵素を阻害することによりHBVウイルス量を低下させ、肝炎を沈静化させる。しかしIFNと異なり、薬を中止するとほとんどの症例で肝炎は再燃する。一旦内服を開始してから勝手に核酸アナログ製剤を自己中止すると、時に肝炎の急性増悪を起こし、最悪の場合肝不全で死に至る場合があるので、核酸アナログ製剤を自己中止しないよう患者に強く指導する必要がある。なお平成20年度のガイドラインではSequential療法と呼ばれる、エンテカビルからIFNへの連続療法も症例によっては推奨されている。若年者に対する核酸アナログ投与の場合は、核酸アナログを一度開始するとそのあと何十年も薬を飲むことになる。しかし、核酸アナログ製剤を投与後に中止すると、上記のごとく肝炎の再燃はほぼ必発である。そこで核酸アナログを一定期間投与して、HBVウイルス量を低下させた段階でIFNを開始し、核酸アナログを中止してもリバウンドが起きないようさせてから、最終的にはIFNを中止するのがSequential療法である。 Serfatyらは2001年にこの治療法で約6割の患者でIFN終了後も肝機能正常化したと報告したが、それに反する報告もあり、今後の検討が必要と思われる。

 核酸アナログ製剤のもう一つの問題点は、薬剤耐性株と呼ばれる薬剤が効かない変異株が出現することである。特に当初発売されたラミブジンでは長期投与により3年間で半数近くの症例で薬剤耐性株が出現した。耐性株が一旦出現すると肝炎のコントロールが困難で、耐性株による肝炎の急性増悪(breakthrough hepatitis)により死に至る症例もあった。しかし現在はエンテカビルの投与で、薬剤耐性株の出現頻度は非常に低いこと、またラミブジンで耐性株が出現した場合にはアデホビルを併用することにより、比較的安全に核酸アナログ製剤が使用できるようになった。但し、最新の核酸アナログ製剤を5年、10年と長期間使用した場合の安全性についてはまだ明らかにはなっておらず、今後も注意深く経過観察する必要がある。

 この他にウイルス量は減少しないが、肝炎を抑える目的で肝庇護療法を行うことがある。治療薬は内服薬のウルソデオキシコール酸と注射薬のグリチルリチン製剤が一般的で、いずれの薬剤も軽度の肝障害に対してはある程度有効だが、B型肝炎特有の急激な肝障害の出現時には肝庇護剤はあまり有効ではない。

予防(母児感染対策・世界における水平感染対策universal vaccinationの現状など)

 現在、我が国で行われているHBVに対する感染予防は、HBV持続感染している母親からの母児感染対策のためのHBV免疫グロブリン、ワクチン接種と医療従事者など希望者に対するワクチン接種である。

 母児感染予防事業は1986年に開始された。HBV持続感染している母親から産道感染で新生児にHBVが感染するので、出産時と生後2ヶ月にHBV免疫グロブリンを、生後2、3、5ヶ月でHBワクチン接種を行うことになっている。当初はHBe抗原陽性の母親から生まれた子供に対してのみHBV免疫グロブリンとHBワクチンが投与されていたが、1995年からはHBe抗体陽性の母親から生まれた子供に対しても投与開始された。現在はHBV陽性の母親からの母児感染は激減している。

 医療従事者などに対するワクチン接種は@初回A初回投与1ヶ月後B初回投与6ヶ月後にHBワクチンを接種する。

 なお世界的には、HBV感染を防ぐために小児全員にHBワクチンを投与している国が多く、193ヶ国中の158ヶ国(82%)で既に開始されている。これをユニバーサルワクチネーションと呼ぶ。もともとHBVの陽性者率が高いアジア・アフリカ諸国や慢性化しやすいジェノタイプA型の多いヨーロッパ・アメリカではユニバーサルワクチネーションが行われている。これらの国々では水平感染が(も)大きな感染経路であるからである。一方急性肝炎での慢性化率の低い我が国では、従来からの母児感染予防事業により、ほぼ新規のHBV母児感染を防げるようになっている。これまで通りHBV持続感染者からの母児感染(垂直感染)のみが新規HBV感染の原因であれば現行の母児感染予防事業で日本のHBVは根絶できると思われるが、前述のように外来種であるジェノタイプA型HBVの水平感染でのHBV持続感染者が今後増加するようになれば、諸外国のように全員に対するHBワクチン接種が必要になるかもしれないので、日本でのHBV感染予防対策を、今後どのように進めたらよいかが専門家の間で討論されている。

予後

 B型急性肝炎患者の90%が一過性感染でウイルスが自然排除、1%が一過性感染で劇症肝炎に進行する症例で、約10%は一過性肝炎で肝炎は一旦沈静化するもその後HBVの持続感染者に移行する (近年のジェノタイプAの急性肝炎では慢性化率は20-30%)。予後は一過性感染でウイルスが自然排除された場合は100%の生存率、B型劇症肝炎に進行した場合は40-50%の生存率である。

 HBVの持続感染者では、前述のように約80-90%の患者は無症候性キャリアとして、慢性肝炎を発症せずに一生を終える。その一方で10-20%は慢性肝炎、肝硬変、肝細胞癌へと進行する。B型肝硬変から肝細胞癌を発症する率は、C型肝炎よりやや低く、年率約3%、10年で約30%であり、10年を超えると肝癌の発症リスクは低下する(図6)。

図6 感染年齢によるB型肝炎の経過の違い